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ストーリーズ(写メ日記)

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るり

【2026/09/13】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?


■100分さん
 ネット予約で会いに来てくださりありがとうございます!私の写メ日記をご覧いただけただけでも嬉しかったのに、昔好きな怪談師さんを挙げた写メ日記の中にApsu Shuseiさんの名前があったことがご記憶に残っていらっしゃったことから、色々な話をできましてさらに嬉しくなりました。
 本だけでなく音楽や妖怪の話もできたり、ショートヘアを褒めていただけたりしたことも非常に喜ばしく思います。そして、玉音放送暗誦とフェラとオールヌードのオプションもつけてくださりありがとうございます!玉音放送暗誦後に、お褒めの言葉をいただけまして良かったです。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


■100分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!私の体験談を聞いてくださって嬉しかったですし、寿命や死に方、何歳まで生きたいかなど最後にお話しあえまして面白かったです。お優しくて安心しました。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


◁追伸って?ああ!▶
 15年ぶりくらいにピーラーを使ったが、なんでもっと早く日常で使わなかったのだろうと後悔するほどである。安全なうえに早く処理が終わっていいことしかない。ここ4年のうち、冬瓜の皮を剥くときに包丁で親指や腕を切りつけることが何度かあったため、ピーラーがあればあの怪我も負わずに済んだはずだ。
 
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るり

【『応仁の乱』①】

★玉音放送全文暗誦オプション可能(無料)★


 どうも、ルリです。菊池寛(1987年)『応仁の乱』を読んだ。正直、私にとって室町時代は印象がやや薄い。斯波義廉や足利義教、足利義尚、足利義政などが居て、烏丸資任と失念したが誰か二人の計三人を合わせて「三魔」と呼んだことしか記憶に無い。後は戦国時代の前だということくらいである。
 ほぼスッカラカンの状態で応仁の乱を学べるため新鮮ではあるが、予備知識のある状態で読んだ前回の『山崎合戦』(1987年)とは違って学びを深める感じではなく、読みながら基礎知識を身につけたがゆえの稚拙な感想文になり得るのはご愛嬌である。


 さて、本作は1467年から11年続いた応仁の乱の経緯が、関係人物の為人などと共に描かれた作品である。前提として応仁の乱の起こった室町時代は、一揆による強奪や徳政令の乱発、博奕の横行といった秩序の崩壊した時代であった※1。背景としては貨幣経済の発展による銭貨需要拡大と、銭種による価値の差の発生などで銭貨流通が混乱したことや※2、長禄・寛正の大飢饉や疫病による凶作などから、結果酒屋や土倉へ借金を重ねた人々が徳政を求める動きがあった※3。
 だが、大飢饉で民衆が呻吟する中で8代将軍・足利義政は新邸建築を行い、それについて後花園天皇から御諷諫を受けている※4。戦乱と飢饉の世に背くが如く風流を好む文化人であった義政に、菊池は「政治家として落第」と冷徹な視線を向けつつも、「借金棒引きを迫って一揆の頻発した時代、生る可き時を誤った人間である」と、憐憫交じりの理解を示している※5。



 こうした世相の中で勃発した応仁の乱は、一般的には「将軍家の後継者問題と斯波氏・畠山氏の家督争いに、当時影響力のあった細川勝元と山名持豊が介入し、両派閥のもとで全国の諸大名を巻き込んだことで起こった」という具合に説明される。
 まず将軍家の後継者問題については、1464年、妻・日野富子との間に男児の居なかった義政は弟・義視を将軍職後継者としたが、その翌年に日野富子が義尚を出産したことで、義尚を後継者にしようという動きが起こった※6。その際勝元が義視の補佐に※7、持豊が義尚の補佐に就いたことが※8、一つ目の対立として語られる。
 次に、有力な守護大名である斯波氏・畠山氏の家督争いについては、斯波氏は家督を巡って義敏派と義廉派に、畠山氏も同様に政長派と義就派に分裂した※9。その際義敏と政長は勝元に、義廉と義就は持豊に属したことが二つ目の対立として語られる。これらの対立が波及し、やがて全国の諸大名も細川方・山名方のいずれかに分かれて争うこととなった※10、という具合である。
 ここまでの説明も相関図も、「東軍(細川勝元・足利義政・足利義視・斯波義敏・畠山政長ら)vs西軍(山名持豊・足利義尚・斯波義廉・畠山義就ら)」という、分かりやすい二者対立構造で紹介されることが多い。しかし、大筋は合ってはいるものの、調べてみるとそう簡単に説明できない複雑な動きが見えてくる。山崎合戦以上に、人間の思惑や情念が錯雑していたのである。



 特に注意を払いたいのは、細川勝元と山名持豊の対立関係である。一般的な説明では最初から敵対している風に感じられるが、応仁の乱勃発の手前まで両者は協調関係にあった。まず、1465年に伊予の支配権を巡って勝元と大内教弘・政弘との武力抗争が始まった際には、勝元が持豊へ大内討伐の軍事協力を求めている※11。また、翌年1466年には持豊の養女・桂昌了久が勝元の子・政元を出産している※12。
 とはいえ、完全に良好な間柄であったとも言い難い。赤松氏の再興を巡る動きからは、持豊に対する勝元の警戒心が垣間見えるためである。話は遡るが、発端は1441年に恐怖政治を行った6代将軍・足利義教が赤松満祐に弑された「嘉吉の乱」である。その際、後花園天皇の綸旨を受けた山名教之の軍勢が播磨国へ逃げ帰る赤松満祐を追い込んで自害させ、その首を京都へ送った※13。この論功行賞で赤松氏の播磨・美作・備前3ヵ国の守護職が山名氏に与えられ、山名氏は勢力を強めることとなった※14。
 その後長禄の変(1457年)で南朝から神璽を奪還した赤松氏は※15、8代将軍・義政から再興を認められ赤松政則が加賀半国を賜った※16。この際勢力を拡大する持豊に対抗し、勝元が赤松氏の再興を支援したとされる※17。本作において、菊池はこの赤松氏再興問題を、持豊と勝元との決定的な対立要因かつ応仁の乱の動因として劇的に描写している※18。



 しかしながら、前述した婚姻や軍事協力といった出来事を踏まえると、赤松氏再興問題を以て勝元が持豊を完全に敵とみなしたとは考えがたい。協調関係は保ちつつも、拡大する持豊の勢力を警戒し牽制する、という両立し得る思惑が働いていたのではないかと思われる。「警戒の対象=敵」という方向へすぐに進まないところからは、人間ならではの心の機微を感じられる。
 応仁の乱には、こうした分かりやすく二者が対立したとは捉えがたい人間模様が幾重にも交錯していて、教科書的で明快な解釈が難しい。長くなるため、ここまでを前半として区切りたい。次回は将軍家および斯波・畠山と持豊・勝元との関わりと、本作で印象深かった箇所などについて綴る所存である。
――――――――――
《参考文献》
※1 菊池寛(1987年)『応仁の乱』、青空文庫、5-6頁。
※2 日本銀行金融研究所「日本貨幣史 本文 - 貨幣博物館」、日本銀行金融研究所貨幣博物館HP、2026/09/09/15:28閲覧。
※3 LINEヤフー「窮乏した民衆が決起し、権力者を窮地に追い込んだ土一揆3選 - Yahoo!ニュース」、Yahoo!ニュース、2026/09/10/14:36閲覧。
※4 菊池寛(1987年)『応仁の乱』、青空文庫、2-3頁。
※5 同上、4-5頁。
※6 株式会社ダイヤモンド・ビジネス企画「応仁の乱──「誰も得をしなかった戦い」が歴史を変えた瞬間」、ダイヤモンド・ビジョナリー、2026/09/11/22:06閲覧。
※7 京都市「都市史14 応仁・文明の乱 - 京都市」、フィールド・ミュージアム京都、2026/09/10/20:15閲覧。
※8 同上。
※9 福井県立図書館「文正の政変 - 『福井県史』通史編2 中世」、福井県立図書館HP、2026/09/10/20:35閲覧。
※10 同上。
※11 家永遵嗣(2014年)「足利義視と文正元年の政変」、『学習院大学文学部研究年報』、18頁。
※12 同上。
※13 鳥取県「活動日誌:2015(平成27)年9月/とりネット/鳥取県公式サイト」、とりネット/鳥取県公式サイト、2026/09/10/14:50閲覧。
※14 同上。
※15 ウィキメディア財団「長禄の変」、Wikipedia、2026/09/10/15:36閲覧。
※16 神戸新聞社「<赤松氏の血脈>(5)政則 幼君、後期赤松氏の祖に | 深デジ」、深デジ、2026/09/10/19:50閲覧。
※17 福井県立図書館「浦上則宗らの工作 - 『福井県史』通史編2 中世」、福井県立図書館HP、2026/09/10/20:11閲覧。
※18 菊池寛(1987年)『応仁の乱』、青空文庫、8-9頁。
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るり

【2026/09/10】のお礼がなぜここに?逃げたのか?自力で脱出を?


🈯️マンチェスター・ユナイテッド好きさん
 再び会いに来てくださりありがとうございます!私の好きなサッカークラブチームや選手名の日記をご覧いただけて嬉しかったですし、ユヴェントスとスポルティングを響きだけで勝手にイングランドのチームだと思い込んでいたところを訂正いただけてありがたかったです笑
 また、マインツのマクシミリアン・キンツィヒ、FCスパルタク・モスクワのクリストファ・マルティンス・ペレイラ、パーダーボルンのラファエル・オーベルマイヤー、イプスウィッチからバーンズリーへレンタル移籍移籍中のシーラン・スリッカーなど私の好きな選手名や、マンチェスター・ユナイテッドのベンヤミン・シェシュコ、ブライアン・ムベウモ、パリ・サンジェルマンのフヴィチャ・クヴァラツヘリアといったお兄さんのお好きな選手名やルーニーについて話し合えまして楽しかったです。
 そして、最後はポルトガルやスペイン旅行について伺えて楽しかったです。次回また詳しく教えてほしいです。終始楽しいお時間過ごせました、また次も楽しみにしております!


■80分さん
 初めてのご利用でご予約で会いに来てくださりありがとうございます!欧米や中国などあらゆる海外出張の思い出を伺えて面白かったですし、特に食事面や味覚の面のお話が興味深くて良かったです。果物とジャガイモは野菜と認識されている説は、かなり信憑性が高まりました。また、モチモチでないベーグルの存在にも驚きましたし、ポテチが豊富で美味しいということも参考になって良かったです。
 終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


◁追伸って?ああ!▶
 FCアラニアウラジカフカスで良い名前だと思っていたイブラギム・ツァラゴフ選手以外にもいい名前の選手を覚えようと探していたところ、故人ではあるがヴェニアミン・マンドリキンという素晴らしい名前の選手を見つけられて嬉しかった。そんな素晴らしい名前の選手が過去在籍していたFCアラニアウラジカフカスは、やはり素晴らしい。
私はヴェニアミン・マンドリキン選手とは全く関わりがないが、心からご冥福をお祈り申し上げたい。
 
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るり

【室町時代のこと】


 ★玉音放送全文暗誦オプション可能(無料)★


 どうも、ルリです。菊池寛(1987年)『応仁の乱』の感想を書くにあたって室町時代の歴史を調べていたのだが、思いのほか奥深くて面白かったため時間を取られ完成に至らなかった。足利義教の暗殺といったクーデターだけではなく、印象の薄い南北朝時代が後を引いていて、禁闕の変(1443年)や長禄の変(1457年)とそれによる赤松氏の再興からも話が繋がっていることが、特に面白い。
 これが群雄割拠の戦国時代の幕開けの下地になっていると思うと、なおさら面白味がある。休み明けにでも『応仁の乱』を投稿する所存である。



 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
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るり

【2026/09/09】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?


■80分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!私の体験談を聞いてくださったりエステ店の楽しみ方について話したりできておもしろかったです。また、オールヌードの追加オプションもありがとうございます!綺麗に遊んでくださって嬉しかったです。
 終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


🈯️金指一世さん似さん
 お久しぶりにネット予約で会いに来てくださりありがとうございます!犬の性格の違い、犬のカットの値段が人間より高い、タバコソムリエ、嗅覚だけでワインソムリエを目指す、echoはキツイ、わかばも強い、ラークを吸っている人への偏見、人とは違うキャメル、普通なメビウス、マルボロはメンソール無しがいい、電子タバコのメンソールは美味しさではなくゴマカシ、収集の趣味、手間すら楽しめる、大瀧詠一のCD、高額な北米版、エンタメの動きによって高騰など、あらゆるお話ができまして面白かったです!
 次は勇気を出して力を強めてやります。終始楽しいお時間過ごせました、また次も楽しみにしております!


■80分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!今までのお仕事経歴や今のお仕事の内容、数学、理系の知識や測量などに関して教えてくださって学びになりました。また、海外の人の感覚や海外旅行の思い出なども興味深かったです。そして、オールヌードとフェラの追加オプションもありがとうございます!全部喜んでいただけてよかったです。
 終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


◁追伸って?ああ!▶
 玉音放送の次は浜口雄幸の演説を覚えたいが、久々のロシア語も兼ねてスターリンの演説も覚えたい気もする。まあ先の話になりそうだが。ちなみに私は浜口雄幸は支持するがスターリン不支持である。
 
 
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るり

【好きな新耳袋の話1】


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 どうも、ルリです。菊池寛(1987年)『応仁の乱』の感想を書き途中であるため、今日は最近読み返した好きな新耳袋の話を置いていく。第何夜に収録化は失念した。全部書ききれていないため思い出したらまた書く。


・「あいさつ」
・「踊り子」
・「虎渓の三笑」
・「オルゴール」
・「青いレインコート」
・「天狗を見た人」
・「ゼロ戦」
・「辻占い」



 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
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るり

【2026/09/07】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?

■80分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!あらゆる風俗店やメンエスのお話を伺えただけでなく、エステティークのことをとてもいいお店だと褒めていただけまして非常に嬉しかったです。また、遊戯王がお互い好きで、P.U.N.Kや閃刀姫、イビルツイン、キラーチューン、氷結界といったデッキや、私の好きでお気に入りのデッキである月光と機械天使とシャドールに関してもお話できまして楽しかったです。
 終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


■100分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!私の体験談を聞いていただけたり、指導やスポーツに関してお話伺えましたりして面白かったです。また、写メ日記をご覧いただけたうえ、私の好きな作曲家・作詞家・編曲家についてお話が最後できたのも嬉しかったです。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


◁追伸って?ああ!▶
 無双OROCHIでキャラごとに特定のミッションを達成すると宝物が手に入り、特別な壁紙が獲得できた気がするのだが、明智光秀のミッションが一番難しかったのを覚えている。
 確か指定のストーリーにて、一度も落馬せずに1000人斬り達成というものであった。何度も失敗し、結果全武将の中で一番最後に達成することとなった。ちなみにその特殊壁紙で一番好きだったのは、お市とくのいちと阿国である。
 あとは、無双OROCHI魔王再臨で一番最後にかなり努力して手に入れた壁紙が、ガラシャと貂蝉とお市の3人が笑顔で身を寄せ合って映っているイラストのものであったことも覚えている。今でも時々見たくなるがPSPもUMDも売ってしまった。売り払ったあの時の私を全力で引き止めたい。
 
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るり

【好きな編曲家・作曲家】


 どうも、ルリです。菊池寛『応仁の乱』を読み途中のため、今日は好きな編曲家・作曲家を挙げていく。


[作曲家または編曲家]
・飛鳥涼
・伊福部昭
・遠藤正明
・大瀧詠一
・草野マサムネ
・佐藤準
・筒美京平
・成瀬英樹
・船山基紀
・馬飼野康二
・松井五郎
・森慎太郎
・渡辺拓也
・渡辺翔

[作詞家]
・飛鳥涼
・遠藤正明
・草野マサムネ
・高柳恋
・松本隆
・渡辺翔
・渡辺拓也


 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
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るり

【お礼写メ日記】は犠牲になったのだ…


 某レンジャー陸尉さん、嬉しい口コミをありがとうございます!100分という時間の中で何気なく私が話した内容も面白く感じていただけていることに、とても嬉しさを感じます。また、髪を切ったあとも良い印象を持っていただけただけでなく、前回よりも全体的に私の姿が良く映ったということも喜ばしく思います。
 全て拝見して、正直畏れ多いと感じたり、いやいやそれほどでもと思うことはありましたが笑、それくらい陸尉さんが満足してくださっているのだと考えると、喜んでお言葉を受け取ろうと思えてきました。

 私も貴重なお話やご自身のお考えなどを伺えて、興味深さを憶えました。ぜひまたタイミングの合うときにでも、よろしくお願いいたします。この度は誠にありがとうございました!次も楽しみにしております。
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るり

【2026/09/06】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?


■80分さん
 ネット予約で会いに来てくださりありがとうございます!「日記は以前から見ていて、話が合わなかったら…と思っていたけれど行かないと後悔すると思って」と、勇気を出してくださって嬉しかったです。
 遊戯王5D'sとZEXALのOPEDを歌うアーティストの話から、お好きな音楽のジャンルや懐かしいアニソンとその歌手についてお話できました面白かったです。知識の深さにも圧倒されましたし、AIやシャチのお話も良かったです。嬉しいメッセージもありがとうございました!終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


■100分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!ボッタクリにあった話や留学の経験談、羊肉の匂いや食べ方、北極南極専門旅行会社など、あらゆるお話を伺えまして面白かったです。私の体験談も聞いてくださりありがとうございました。
 終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。



◁追伸って?ああ!▶
 おそらく無双OROCHI魔王再臨の呉の章「厳島の戦い」で、毒霧の発生する中竜神の社へ向かうというミッションがあった。こちらは毒霧で体力が失われながら必死で社へ向かっているのに、「竜神の社とやらには未だ着かぬのか…」と頻繁に孫権が催促してきたのを思い出した。
本日出勤予定

るり

【『山崎合戦』】

★玉音放送全文暗誦オプション可能(無料)

 どうも、ルリです。菊池寛(1987年)『山崎合戦』を読んだ。本作は1582年に本能寺の変で織田信長が自刃した後に起こった、山崎の戦いの経緯や人間関係が描かれた作品である。山崎の戦いは本能寺の変と同年に、明智光秀と羽柴秀吉が次の天下を巡って起こった戦いである。
 まず前提として、明智光秀は織田信長の家臣であり、学問や武道、築城術にも通暁しあらゆる軍役や雑役もソツなくこなす聡明な人物であったという※1。同時に、自信のある率直な行動で浅井長政などから知らずに恨みを買う、性格的に欠陥のある信長のやり方を、光秀は心の中で批判していたのではないかと菊池は推測している※2。
 また、信長はそんな光秀を重用しつつも、どこか虫の好かない所があったのかもしれないとしている※3。こうした性格の不調和などからくる平生の鬱憤の蓄積が、光秀の反逆に繋がったのではないかとされているが※4、菊池は原因をそれだけではないとして、下記の通り考察している。
 


  *「……光秀が信長に反いたのは、平生の鬱憤を晴すと同時に、あわよくば天下を取ろうとする大志が、あったに違いない。秀吉が、信長の横死を機会に信長の子孫を立てずに自分で天下を取ったのを、光秀はもっと積極的に、自分の私憤を晴すと同時に、天下を志したに違いない。「三日天下」など云う言葉が残っている以上、当時天下の人心は、光秀のそうした大志を知っていたに違いない。京師の地子銭を免除したり相当政治的なことをやった以上、信長を殺せば後は野となれ山となれ的な棄鉢でやった事ではない。…… とにかく光秀の肚は、反逆五分、大志五分であったのであろう。天下を取ることも、必ずしも空想ではなかった。」※5 *


 
 興味深いのは、光秀の反逆を「私憤のためか、天下を獲るためか」という決定論的視点で捉えるのではなく、「自分の私憤を晴すと同時に、天下を志したに違いない」と、光秀の交錯する心情を汲んで柔らかに捉えている点である。それも光秀と信長の性格の違いや、それゆえに二者間に生じていた摩擦だけでなく、今後の治世をを見越した免税という実績からも、そうした心の内を見つめている。そうした菊池の眼差しには、光秀を「一人の人間」として冷徹に捉えながらも温情を湛えている印象を受けた。
 実際、光秀が愛宕山で詠んだ「ときは今天が下知る五月かな」という句にも、これからやっと自分の天下が来るのだという静かな覚悟と野心を感じられる。人間は様々な感情や背景、料簡を持つ複雑な生き物であるから、行動は一つの要素のみによって必ずしも決定づけられるとは限らないのであると、改めて感得させられた。


 また、戦においては当然ではあるが人間の情念や思惑が渦巻いて、錯雑としている様子が生々しく感じられた。例えば、明智勢では父・信行を信長に殺され、仇討ちの思いで加勢しようとしたところを討ち取られた織田信澄(信長の甥)の家老・津田与三郎が加勢している※6。次に、光秀の親友であった筒井順慶は光秀から多くの力添えを受けていたが、出陣せず秀吉側に付いた※7。
 羽柴勢では、秀吉は信長の死を天下獲りの好機と捉え※8、信長と乳兄弟であった池田恒興は弔合戦に先陣を望んだ※9。事情や料簡は違えども、それぞれの功利や感情が交錯した結果の戦であったという見方ができると思われるが、これは国や時代が違えども共通していると考えれる。
 例として規模がかなり大きくはなるが、第二次世界大戦においては、英仏独が先に交戦し消耗したところで欧州の制圧を目論むソ連と、英仏を先に制圧してからソ連と交戦しようと考えた独との思惑が一致して、1939年に独ソ不可侵条約が締結された※10。「不可侵」と聞くと表面上は平和的なイメージがあるが、敵国同士である以上、その眼は互いに交戦する日を見つめていたのである。


 ところで、私は戦いを調べる際、戦略よりもそれぞれの思惑とその発現ばかりに興味が向いてしまうため、戦略面に関することは頭に入りづらい。シュリーフェン・プランだとかズールー族の牛の角陣形などは、何度も復習しているが未だにうろ覚えである。
 山崎の戦いにおいては、淀川沿いの明智勢が手薄であったところに池田恒興ら羽柴勢が攻め入ったことが、一つの分岐点であったという見方がある※11※12。歴史を知る上では記憶しておかねばならない要点であるが、数年後も明晰に思い出せれば良いと思う。
 最後に、本作は歴史小説という扱いであるため、洞ヶ峠※13や羽柴勢による天王山の占領※14といった、現在では創作であると判断される記述も含まれている。大まかに歴史の流れを把握し楽しむぶんには良いが、戦略や逸話といった部分については現時点で分かっている歴史と照合する必要がある。やや面倒ではあるが、これによって楽しく読んで楽しく学べている感じがするのである。


 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
―――――――
《参考文献》
※1 菊池寛(1987年)『山崎合戦』、青空文庫、1-2頁。
※2 同上、1-3頁。
※3 同上、2頁。
※4 同上、3-4頁。
※5 同上、4-6頁。
※6 同上、11-12頁。
※7 同上、17-18頁。
※8 同上、9-10頁。
※9 同上、10頁。
※10 岡部伸(2023)『「諜報の神様」と呼ばれた男 連合国が恐れた情報士官・小野寺信の流儀』、PHP研究所、268-269頁。
※11 菊池寛(1987年)『山崎合戦』、青空文庫、16-17頁。
※12 大山崎町「天下分け目の天王山」、大山崎町オフィシャルウェブサイト、2026/09/06/15:37閲覧。
※13 菊池寛(1987年)『山崎合戦』、青空文庫、17-19頁。
※14 同上、14頁。

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【2026/09/05】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?


■100分さん
 初めてのご利用でパネル指名くださりありがとうございます!私の体験談を聞いていただけて嬉しかったですし、お兄さんが取り組まれていらっしゃるランニングや身体作りについても伺えまして興味深く思いました。
 そしてオールヌードとフェラの追加オプションもありがとうございます!喜んでいただけて良かったです。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


🈯️某レンジャー陸尉さん
 メッセージをくださったうえ、再び会いに来てくださりありがとうございます!修行の成果が垣間見られたり、徽章や訓練、外出の規則などに関して窺えたりして面白かったです。また、お忙しい中写メ日記を読んでいただけたのも嬉しかったですし、それに関して感想も教えてくださりさらに喜ばしく思いました。
 そして、施術もお話も最後まで楽しみ切れまして、非常に充実しか感じもありました。玉音放送暗誦も次回に、ということで承りました笑 終始楽しいお時間過ごせました、また次も楽しみにしております!


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 ドイツはサッカー選手名もだが、クラブチームも好きな名前のところが多い。ユキム・コノプリヤが数ヶ月前に移籍したボルシア・メンヒェングラートバッハは勿論、ザンクトパウリ、マインツ、シャルケ、アルニミア・ビーレフェルト、ハノーファー、パーダーボルン、ハイデンハイム、アイントラハト・ブラウンシュヴァイク、カイザースラウテルン、ディナモ・ドレスデンなど、響きに気品と鋭さと威厳がある。ロシアやウクライナのチームに並ぶ素晴らしさである。特に2部は良い名前が揃っている。