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るり

【2026/06/15】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?


■80分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!とても不規則なシフトのお仕事ということで、日々の状況や取り組まれてらっしゃるスポーツの内容もお話伺えまして面白かったです。
 また、オールヌードをつけてくださりありがとうございます!それも含めて楽しんでいただけて良かったです。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


■80分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!「話しやすくてよかった」と早速おっしゃっていただけて嬉しかったですし、とても穏やかでお優しい雰囲気で私も癒されました。下着姿も喜んでいただけて何よりです。
 また、写メ日記をご覧いただけていたのも嬉しかったですし、お風呂でも早速気持ちよくなっていただけてよかったです。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


🈯️ピタッとした服が好きさん
 先月ぶりに再び会いに来てくださりありがとうございます!とてもお疲れとのことでしたが、前回から改変した内容やオールヌードの温もりなどで元気になっていただけて嬉しかったです。
 また、コスプレ衣装のこだわりやフル装備の良さを感じることなど、ご自身の楽しみを極めていらっしゃるところが興味深く、お話伺っていて非常に楽しかったです。終始楽しいお時間過ごせました、また次も楽しみにしております!


◁追伸って?ああ!▶
 あまくだりさんのクソカード待合室&診療所も好きだが、禁止カード監獄も好きである。特に簡易融合+旧神ノーデンやリンク召喚で悪用されるハリファイバー、No.95ギャラクシーアイズ・ダークマタードラゴン+征竜+エクリプス・ワイバーンなどは、見ているだけで害悪度がかなり伝わってきた。あまくだりさんの語りも面白かった。また見る。
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るり

【『天河と星の数』】

 どうも、ルリです。寺田寅彦(1908年)『天河と星の数』を読んだ。本作は、天の河が帯状を成して星が密集していることについてあらゆる学者の説を紹介しつつ、或る論文から窺える学者の熱心と、それに対する寺田の所感が綴られたものである。
 さて、印象的であったのはベルギーの天文学者・ストローバンの論文に対する寺田の所感を綴った、下記である。



  *「近頃ベルギーの天文台年報にストローバンという人が出した「銀河に対する星の分布」と題する論文の抜書を見ると、驚くべき学者の根気の結果が現われている。問題はつまり銀河に対して天球を数千の区劃に分ち各区中の星屑の数を数えるというのである。これがために用いた天体図や写真に含まれていた星の数は百万を少し越えている。それでも全体の天球の十分一くらいを数えたに過ぎぬので、すっかり数え上げるにはまだどのくらいかかるか分らぬ。しかしこれだけの研究によって天の河を距るに従って星の密集の度が減ずる模様がよほどよく分って来たのである。宇宙に関する吾等の知識を増すだけの目的でこんな面倒な仕事を撓まずに続けている学者の熱心を多とすべきものではあるまいか。」※1*



 ここでは、果てしない規模の「銀河に対して天球を数千の区劃に分」かつだけでもかなりの手間であるのに、そのうえで数千にも及ぶ「各区中の星屑の数を数える」という気の遠くなる作業をストローバンがやり遂げていることに、驚きを隠せない寺田の心情が顕になっている。星の数を数える様を想像する自然体の寺田が、ふと顔を出す感じがして面白い。
 また、この労力を要する研究が、天の河から離れるにつれて星の密集度が減ること示しているという点は、冒頭の「なぜ天の河が帯状を成して星が密集しているのか」という、寺田の疑問に仄かに繋がっていて綺麗な流れを感じられる。
 そして、「宇宙に関する吾等の知識を増すだけの目的でこんな面倒な仕事を撓まずに続けている学者の熱心を多とすべきものではあるまいか」という文には、寺田の考える学者の在り方や寺田の人柄、そして研究に対する姿勢が色濃く表れていて清々しい。
 私は危険物取扱者の乙1と乙2を持っているだけでそれ以外の科学的知識は皆無であるけれども、こうした科学者の情熱や純粋な姿勢にはつくづく感服してばかりである。


 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
―――――――
《参考文献》
※1 寺田寅彦(1908年)『天河と星の数』、青空文庫、2頁。
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るり

【2026/06/14】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?


■75分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!初めて2回できたということで嬉しかったですし、お褒めの言葉やお風呂場で早速気持ちよくなられていたのも喜ばしく思います。
 また、日記をご覧いただけたことも嬉しかったですし、昔遊戯王をされていた思い出も伺えまして面白かったです。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


■100分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!初めてとのことでしたがとても喜んでいただけて良かったですし、マッサージで身体が軽くなったと仰っていただけたり、性感も2回楽しみ尽くしていただけたりしまして何よりです。
 また、追加オプションとお水の差し入れももありがとうございます!オプション含めて気持ちよくなっていただけたうえ、日記をご覧いただけたりお話も盛り上がりまして嬉しかったです。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。



◁追伸って?ああ!▶
 あまくだりさんのクソカード待合室だかクソカード診療所だかで黒魔術のカーテンが取り上げられていた回が面白かった。カーテンが単体でカードになる想像が膨らんでおり、テキストも“「カーテン」カードを…”といった記述でよく考えられていた。
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るり

【寺田寅彦『赤』】

 どうも、ルリです。寺田寅彦(1899年)『赤』を読んだ。寺田寅彦の作品も久々に読んだが、わずか1頁半の中に寺田の観察眼や諧謔を感じられる、興味深さがあった。野菜や鶏肉など、あらゆる美味しさを凝縮した固形コンソメのようである。
 さて、本作は布団に入って目を閉じてから眠りに落ちるまでの間、瞼の裏に見える暗黒を観察した旨と、赤という色についての所感が綴られた作品である。中でも印象深かったのは下記である。



  *「蒲団を引っかぶって固く目を閉じると何も見えぬ。しばらくすると真赤な血のような色の何とも知れぬものが暗黒の中に現れる。なお見ているとこれが次第に大きくなって突然ぐるぐると廻り出す。それはそれは名状し難い速さで廻っているかと思うと急に花火の開いたようにパッと散乱してそのまた一つ一つの片が廻転しながら縦横に飛び違う。血の色はますます濃くなって再び真黒になったと思うとまたパッと明るくなって赤いものが廻りはじめる。こんな事を繰り返しているうちに眠りの神様は御出でになる。きっとこの血のような花火のようなものが眠りの神の先駆のようなものであろう。」※1*
 


 「目を閉じると何も見えぬ」状況でも瞼の裏を見つめ続け、「目を閉じた時に広がる暗黒」をじっと観察する様子は寺田らしい。そのうえ子供のような好奇心も垣間見えて、微笑ましくもある。しかしながら、そんな無邪気な好奇心を覗かせつつも、その観察は流石科学者といった詳細さである。
 また、赤色ではなく「血の色」という表現が選ばれることで、観察内容が瞼の裏に見える光景として生々しく認識されて良い。そして、瞼の裏という小さいスクリーンで目まぐるしく動く「血の色」の、俊敏さや色の変化、運動の様子が非常に素直かつ細かく綴られているのも、突飛で面白味がある。
 さらには、この躍動する「血の色」を繰り返し眺めることで眠りにつくという流れは勿論、この「血のような花火のようなもの」を指して「眠りの神様は御出でになる」「眠りの神の先駆のようなもの」と表現するところには、サイケデリックというか、微かな狂気に近いものを感じられる。


 だが、このサイケデリックな感じや微かな狂気に近いものが、寺田の無邪気な好奇心や鋭い観察眼から生じているということが、たまらなく良い味を出している。これまで読んだ寺田の作品でこうした奇妙な感じを抱いたものはなかったため、新たなテイストの作品に触れられたことを嬉しく思う。


 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
―――――――
※1 寺田寅彦(1899年)『赤』、青空文庫、1頁。
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るり

【2026/06/13】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?


🈯️数学得意な陸久々のお兄さん
 秋ぶりにまた会いに来てくださりありがとうございます!私は数学苦手の歴史や文学好き、お兄さんは歴史や文学苦手の数学好き、ということでお互いの感覚の違いを語り合えたのがとても楽しかったです。
 また、ドイツ語とロシア語の質感が好きであることや、歴史の香りを感じられるから昔の本を読むのが好き、といった私のこだわりもご理解いただけてとても嬉しかったです。
 そして、チャイナドレスのコスプレもありがとうございます!前回には無かった新たなマッサージやサービスも堪能いただけて嬉しかったですし、お褒めの言葉もいただけてやりがいがありました。タコライスの簡単レシピもありがたかったです。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


◁追伸って?ああ!▶
 よく晴れた関ヶ原を3時間半ほど散策したが、スキンアクアスーパーモイスチャーUVジェル(SPF50+PA++++、白と青のやつ)を2時間おきくらいに塗り直していたら、完全に日焼けを防げた。
 勿論、2時間経っていない場合でも、お手洗いで服を着脱するなど摩擦で日焼け止めが落ちかねない時はその都度塗り直した。スキンアクア自体は日焼け止めでも廉価なほうだが、アネッサやアリーなど高いものを買わなくとも塗り直しさえすれば効果は確実にあるのだと実感した。無論海に入る場合などは、それ相応の高いものが必要だろうが。
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るり

【字の書き方】

※※ヘブンに関ヶ原の旅行写真を載せました。ご興味ある方はどうぞ。
(その誘導…イラッとするぜ!!)

 どうも、ルリです。中谷宇吉郎(1938年)『字の書き方』を読んだ。中谷の作品も久々に読んだ気がする。本作は、書道家・山崎光子が考案した字を綺麗に書く書道法を、科学的に分析した作品である。日常的なテーマを科学者らしい観察眼で捉えていて、中谷の良さが凝縮されていると思えた。
 さて、その書道法とは、漢字は全体を正方形の枠の中に収め、横線は水平・縦線は垂直・斜線は四十五度の方向に引き、平仮名は全体を円の中に収めて書く、というものである ※1。これを実践した中谷の所感が下記である。
 


  「……久しぶりで字を書いてみると、この方法が大変有効なことがよくわかった。それでこの上は線の美しさを出しさえすれば良いのだと思って、その問題を一寸考えてみた。結局それには筆を常に一定速度で動かすというのが一番卑近な便法のように思われた。子供の時に字を教わった時、力を入れろということをやかましく云われたが、子供心には何の事かわからなかった。しかし筆を紙に押しつけることでないことだけはわかった。どうもあれは字の線の何処にも気を抜いた個所がないようにという意味もあるらしい。それならば技術的に現代語に翻訳すれば、第一近似としてはどの線の部分も常に一定速度で筆を運べということになるであろう。」※2

  

 この所感には綺麗な字を書くうえで、まず「綺麗な字とは何か」という本質を捉えようとする中谷の姿勢が窺える。次に、綺麗な字の特徴として「線が美しい」という点を見出し、線が美しい文字を書くためにどうすればよいか思案している。そして、速度や力のかけ具合といった力学的な観点から、「一定速度で筆を運ぶ」という中谷なりの結論を出している。
 この分析部分は非常に整った構成であり、かつ字に対する中谷の充分な観察が土台にあることが窺える。そのうえで、子供時代に字を書く際に教わった注意点と自身の思案とを照らし合わせることで、よりその妥当性を高めていると感じられる。短い作品でありながらも、こうした堅実な過程を認識できるところがいかにも中谷らしい。


 ところで、私は字がうまくない。メモを取る際、聞き取ったことを速く殴り書きすると人に見せられないくらい字が雑なのだが、速く書いた場合でも字が綺麗な人は一体どうなっているのだろうと、常々思っていた。
 しかしながら、上記の綺麗な字を書く方法が硬筆でも適用されるのならば、彼らは無意識に一定速度でペンを動かしているのかもしれない、と糸口を掴めた感じがある。



 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。 
―――――――
《参考文献》
※1 中谷宇吉郎(1938年)『字の書き方』、青空文庫、1頁。
※2 同上、2-3頁。
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るり

【2026/06/10】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?


🈯️おジャマ使いさん
 3回会いに来てくださりありがとうございます!レベル低めのモンスターが好きなこと、サクリファイス、おジャマ・イエローのことなど初めにまたお話できまして楽しかったです笑 
 また、JavaやJavaサーブレット、トムキャット、Linuxのペンギン、R言語とPython、Base44、Eclipse、jarファイル、一太郎スマイル、98、Javaでよく見たPublic static void main(String[] args)、オブジェクト思考、Reactのことなど話し合えまして面白かったです。特に、Eclipseでのビルド➔jar生成➔実行が果てしない時間を要していたことから、はじめてVS CodeでReactのプログラムを実行した時の速さに感動した経験に共感いただけて嬉しかったです。
 そして、コスプレの競泳水着も喜んでいただけて良かったです。終始楽しいお時間過ごせました、また次も楽しみにしております!



◁追伸って?ああ!▶
 「セルフレジはサービスを低下させている」という嘆きの声が散見されるが、私はセルフレジがあったら喜んで使うほどセルフレジが好きで、むしろサービスの向上を感じる。
 なぜなら、買い物の目的は欲しい物を購入することであって、間違っても店員さんの上質な接客サービスではないからである。そのため、あまり並ばず、言葉のやり取りもなくサッサと会計を自らの手で済ませられるセルフレジは、目的を早く達成できる非常に良いサービスだと思う。
 そもそもスーパーやコンビニ自体、上質な接客を最たる売り物にしていないため、売り場の店員さんは常識として普通に挨拶する・業務をこなすだけで充分で、特別におもてなしする必要はないだろう。
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るり

【夏の葬列】


 どうも、ルリです。山川方夫(1962年)『夏の葬列』を読んだ。数ヶ月も前に読み終えていたが、書こう書こうと思ったまま書けずじまいであった。山川作品について書くのは、『暑くない夏』以来である。



[あらすじ]
 あるサラリーマンの男は、久々に海岸の小さな町に来た。そこは戦時中に彼が疎開児童として、三カ月ほど過ごした街であった。時刻は真昼で、広い芋畑の向こうに葬列を見つけた。
 葬列を見ながら、男は過去の記憶の中に佇んでいた。あの夏にも、同じ疎開児童のヒロ子さんと海で遊んだ帰りに葬列を見たのである。ヒロ子さんは「子供が葬列に行くとお饅頭をもらえる」と言い、一緒に葬列へ向けて駆け出した。
 その時艦載機が飛んできて、ヒロ子さんは一緒に防空壕へ入ろうと彼に駆け寄った。しかし、彼は白い服を着ているヒロ子さんが下手に動くと標的にされかねないことから、拒否して彼女を突き飛ばした。その瞬間、ヒロ子さんは銃撃を受けて死んだ。彼はあの夏、殺人を犯したのである。


 さて、印象深かったのは下記である。※1は葬列に続く子供へ、遺影に写る女性について彼が尋ねた後の場面である。※2はすべてを知った彼が駅へ向かって歩き出す、最後の場面である。
■悲痛な覚悟の後に戻る風景



  「立ちどまったまま、彼は写真をのせた柩がかるく左右に揺れ、彼女の母の葬列が丘を上って行くのを見ていた。一つの夏といっしょに、その柩の抱きしめている沈黙。彼は、いまはその二つになった沈黙、二つの死が、もはや自分のなかで永遠につづくだろうこと、永遠につづくほかはないことがわかっていた。彼は、葬列のあとは追わなかった。追う必要がなかった。この二つの死は、結局、おれのなかに埋葬されるほかはないのだ。」※1
  「風がさわぎ、芋の葉の匂いがする。よく晴れた空が青く、太陽はあいかわらず眩しかった。海の音が耳にもどってくる。汽車が、単調な車輪の響きを立て、線路を走って行く。彼は、ふと、いまとはちがう時間、たぶん未来のなかの別な夏に、自分はまた今とおなじ風景をながめ、今とおなじ音を聞くのだろうという気がした。そして時をへだて、おれはきっと自分の中の夏のいくつかの瞬間を、一つの痛みとしてよみがえらすのだろう……。
 思いながら、彼はアーケードの下の道を歩いていた。もはや逃げ場所はないのだという意識が、彼の足どりをひどく確実なものにしていた」※2
 


 ➔彼が大人になって海岸の町へ来たのは、自分があの夏の記憶を過去に封印し、現在から追放することで自分の身を軽くするためであった。しかしながら葬列に続く子供に尋ねたことで、今回見た葬列の遺影の人物はヒロ子さんの母であり、かつ彼女がヒロ子さんを銃撃で失った後発狂し、死亡したと知った。
 これにより、彼はヒロ子さんだけでなくヒロ子さんの母の死に対しても、自分の罪の重さを感じることとなった。「葬列を追う必要がない」「2つの死はおれのなかに埋葬されるしかない」「もはや逃げ場所はない」という表現には、彼はもう封印も追放もできない、一生胸の内に抱えるべき罪を犯したことを悟り、かつそれを静かに受け入れる悲痛な覚悟が滲んで見える。
 そして沈黙の後、彼は風や海、汽車の車輪の音が戻り、芋の葉の匂いにも気づく。青く晴れた空と、相変わらず眩しく光る太陽も目に入る。私はこの沈黙から風景が戻るまで、『暑くない夏』でも見られた“行間に風が凪ぐ”感覚を憶えた。
 最後に、清々しく色鮮やかな夏の風景が、彼の罪を秘めるもの・彼の罪そのものとして、彼の胸の中で重く疼き続けることに生々しい痛みを感じられた。風景や温度・湿度・色彩・風の感触を巧みに描く山川だからこそ、残しえた感覚だろうと思う。

 
 

 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
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《参考文献》
※1 山川方夫(1962年)『夏の葬列』、青空文庫、14頁。
※2 同上、15頁。
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るり

【2026/06/08】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?


🈯️若返るお兄さん
 秋ぶりにまた会いに来てくださりありがとうございます!とてもご要望に添いながら施術してまいりましたが、前回よりもさらに喜んでいただけまして良かったです。お好きな部位も判明しまして、より気持ちよくなっていただけて何よりです。
 そして、前回同様若返りを楽しんでいただけて嬉しかったです。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


■120分さん
 お足元の悪い中、ご予約ならびにご指名くださりありがとうございます!写メ日記をご覧いただいたのをきっかけに会いに来てくださったのが嬉しかったですし、遊戯王のE・HEROや5D'sの話の他、ゴジラや『三大怪獣 地球最大の決戦』、マジレンジャー、マジレンジャーはマンドラゴラが喋りお母さんが白い戦隊となって戦う、ハリケンジャー、デカレンジャー、REBORN!、ヴァリアー編、泥門デビルバッツ、結界師、世界まる見え、ところ天の助、ギャグマンガ日和などあらゆる作品のお話もできて楽しかったです。
 そして、複数オプションとお水もありがとうございます!終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。




◁追伸って?ああ!▶
 ストーリーは忘れているが、ハリケンジャーでは小さい女の子が飼っているハムスターが、高齢男性の声で喋っていたことは覚えている。
 
次回出勤予定

るり

【花】

※※プレイスタイルと自己紹介と共に、体育着のコスプレをヘブンのマイガール記事に載せました。ご興味ある方はどうぞ。
(その誘導…イラッとするぜ!!)


 どうも、ルリです。窪田空穂(1966年)『花』を読んだ。窪田は1877-1967年を生きた歌人・国文学者である。昔国語か現代文の教科書で名前を目にした記憶がありそうでなさそうな気がするが、今回私は窪田の作品を初めてじっくり読んだ。
 さて、本作は窪田の好きなありふれた花の良さと、それらの花を通して抱く所感が綴られている作品である。秋海棠、鳳仙花、紅蜀葵は詳細に好きな点が綴られていて、心からそれらを慈しんでいることが察せられる。その文章には穏やかな熱量も感じられ、私のように花にあまり興味のない人間であっても、その良さをなんとなく理解してしまうほどであった。
 特に熱を感じられたのは、下記の秋海棠についての記述である。



  *「秋海棠ほどいいものはない。春、一と葉を出した時からもういい。あの薄くれないのよわそうな茎に、濃緑の大きな、しかし洗煉を極めた葉を付けたあの時からもういい。葉が繁って来てくれないの蕾がその蔭に仄かに見える時、その花茎が伸び立って薄くれないの花びらが黄の蕊を現して開いた時、俄に秋めいて涼しくなるとその花のもろく衰えてゆく時、秋海棠はいつの時もいい。全体として持っている洗煉と気品とがいい。」※1*



 その時点で「もういい」という、秋海棠の良さを早速溢れんばかりに感じ取っていることが窺える言葉選びの繰り返しは、単純かつ率直なために胸の熱さをそのまま伝えてくる感じがある。
 また、葉を出してから蕾が見える時、花茎が伸びて花開く時、季節が変わって花が衰える時、という秋海棠の成長過程を追い、かつそのすべての瞬間に魅力を感じている点は、まさに秋海棠のすべてが愛おしくてたまらないという窪田の心情すら垣間見られる。
 この秋海棠や鳳仙花を愛おしむ気持ちは、これらの花を通して窪田が抱く所感の中にも滲み出ている。それが下記である。



  *「……秋海棠や鳳仙花は、何でも入れている苗売の荷の中にもない。それほどまでにありふれているのである。このありふれているのは、ながく愛された結果であろうが、それが今はそれほどには重んじられていないのを思うと、いたましい気がする。変化を欲する本能が古いものを忘れさせるのである。一たびは忘れられても、本来のかがやきはいつの時にかまた人の眼を捉えよう。」※2*

 

 窪田の愛でる秋海棠や鳳仙花が売り物にならないほどにありふれたものであることを、「ながく愛された結果」と考えるところには正鵠を得ている感じがある。
 しかしながら、長く愛されありふれたがゆえに重んじられず、特別愛らしさを見出す対象ではなくなっていることに痛ましさを憶える窪田の感性と素朴な愛情には、その優しさゆえに、心の奥を押さえつけられるような痛みすら感じられる。
 そして、「一たびは忘れられても、本来のかがやきはいつの時にかまた人の眼を捉えよう」という表現は美しい。ここには、窪田の感じた痛ましさが浅くはないにもかかわらず、仄かな希望が痛ましさよりも強い印象がある。おそらく、「かがやき」という言葉が優しい語調でありながら、強い明るさを感じさせるためであろう。
 窪田は自然とこの言葉を選んだのか、長考の末に選んだのかは分かりかねるが、痛ましい気持ちを残しつつも淡い希望の余韻を強く残す言葉選びとしては剴切であると感じられた。窪田はこうした言葉を選ぶ感性に長けている人物なのであると、理解した次第である。
 
 
 ちなみに私の好きな花は紫陽花とハイビスカスとラフレシアである。ただ、花は貰っても正直嬉しくはない。
 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
―――――――
《参考文献》
※1 窪田空穂(1966年)『花』、青空文庫、1-2頁。
※2 同上、3-4頁。
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るり

【2026/06/07】のお礼が何故ここに?逃げたのか?自力で脱出を?


■100分さん
 パネル指名くださりありがとうございます!特殊な勤務時間のお仕事をされているということや某洋菓子店でのアルバイト話を伺えたり、私も前職のお話やノーお守りの話ができたりして面白かったです。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


■100分さん
 ネット予約で会いに来てくださりありがとうございます!マラソンやジョギングに取り組まれているということやパスタサラダのこと、されているトレーニングや食事のことなどを伺えまして面白かったです。
 また、男女の見方の違いや美味しいラーメン店についてもお話できまして学びになりました。終始楽しいお時間過ごせました、また楽しく過ごせたらと思います。


◁追伸って?ああ!▶
 たまにペンネやフェットチーネなど食べごたえのあるパスタを食べたくなる。茹で時間が長いのがネックだが。
 
 
次回出勤予定

るり

【妖怪研究】


 どうも、ルリです。井上円了(1890年)『妖怪研究』を読んだ。井上円了は1858-1919年を生きた哲学者であり、仏教哲学と、珍しく妖怪学を専門とした。井上は妖怪を科学的に解明しようとする態度で研究に臨んだという。妖怪の研究といえば柳田國男や田中貢太郎も頭に浮かぶが、井上は代表的な妖怪研究者という位置づけのようである。
 本作は、井上が妖怪をいくつかの性質から三種に分類し、それについて説明するものである。井上は古今東西問わず物的・精神的諸象において、普通の道理で解釈できないものを「妖怪」または「不思議」と定義したうえで、妖怪の分類を行った※1。その分類が下記である。



  「第一種、すなわち外界に現ずるもの
     幽霊、狐狸、犬神、天狗、鬼火、妖星、その他諸外界の妖怪
   第二種、すなわち他人の媒介によりて行うもの
     巫覡、神おろし、人相見、墨色、卜筮、予言、祈祷、察心、催眠、その他諸幻術
   第三種、すなわち自己の身心の上に発するもの
     夢、夜行、神知、偶合、再生、俗説、癲狂、その他諸精神病
  このうち第一種の狐狸、犬神等は、第三種にも属すべし。」※2


 とりわけ、夢が妖怪の第三種として分類されていることが非常に興味深い。「どうせ夢でしょう」と切り捨てず、昔から続く怪異とみなして研究対象とする姿勢に、本質を探求する態度を感じられる。
 また、現代でも国沢一誠さんの『バスケットシューズ』、真白圭さんの『テレテテテテテンその2』など夢にまつわる怪談は多く見られるうえ、上記分類はいつの時代も通じる普遍性を有している印象がある。
 呪術が第二種に含まれていないことが気にかかったが、恐らく“その他諸幻術”に含まれているのだろう。そして犬神筋や狐持ちといった、代々憑き物を操る家系を考慮しているのか、狐狸と犬神を第三種にも含めている点にも真摯な眼差しを感じられる。 


 私は「信じていたほうが面白いから」という理由で妖怪や心霊の類を信じているが、やはり信じない方は一蹴したり、「くだらない」で片付けたりするケースも珍しくない。
 しかしながら、妖怪の存在の真偽にかかわらず、「妖怪らしきものを感じたその瞬間」というものは体験者の中に確実に存在しており、「その瞬間」があったということは事実である。中には数百年以上も前の「その瞬間」が長く語り継がれているケースも存在する。こうした事実自体を認め、それらを素直な目で捉えることで見えてくるものもあるのではないか、とつい考えてしまった次第である。



 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。

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《参考文献》

※1 井上円了(1890年)『妖怪研究』、青空文庫、1頁。
※2 同上、2-3頁。